Greeting 代表あいさつ

J-PDX ライブラリーが目指すこと

ヒト腫瘍細胞を培養液中で無限増殖可能にしたものをがんの「細胞株」といいますが、細胞株を用いた抗がん剤の有効性は、実際のがん患者に投与した際の有効性と5-10%程度しか合致しません。一方、ヒトの腫瘍組織の一部を免疫不全マウスに移植し、半永久的に増殖可能にしたものを「患者腫瘍移植モデル(patient-derived xenograft: PDX)」と言います。PDXにおいては腫瘍の多様性が維持されたまま増殖しますので、PDXで抗がん剤の効果を検証すると80%もの精度で臨床効果を予測できると言う報告もあります。したがって、PDXマウスを大規模に様々ながん種で揃えることができれば抗がん剤開発を加速できるでしょう。さらにPDXはがん研究の進展の上でも極めて貴重です。例えば肉腫などの希な腫瘍は単一の施設では患者数も少なくヒト検体を用いた解析が困難ですが、PDXにすることで半永久的にマウスで維持されますから、PDXを長期にわたって作製・維持すればそれら全ての患者由来試料を解析することができます。

国立がん研究センターにおいては、このようなPDXマウスを多数・多がん種で大規模に構築する「J-PDXライブラリー」プロジェクトを2018年8月より開始しました。研究所と中央病院・東病院がタッグを組んで推進してきた結果、2022年12月現在で既に555種類のPDXマウス生着に成功しており、これは世界的に見ても有数の規模です。さらに現在、国立がん研究センター外の医療機関も連携して、多様ながん種でのPDX拡充を進めています。J-PDXは日本人由来のPDXを作るという意義に加え、生検・バイオプシー試料からもPDXの樹立を行っているので、再発時・薬剤耐性期のPDXが多く作られていると言う、世界的にも希な特徴を備えています。

国立がん研究センターはこのJ-PDXライブラリーを、広くアカデミア・企業の方に使っていただき、日本から新しい抗がん剤・バイオマーカーの開発を加速していきたいと願っています。

間野 博行

国立がん研究センター
研究所長

間野 博行

将来のがん治療の研究開発のためJ-PDX ライブラリーへのご協力をお願いします

本ページをご覧になる方は、ご家族、ご親類、あるいは、ご友人でがんの診断を受けた方が多いかと思います。あるいは、多くの情報の中で偶然このページをみつけられた方かもしれません。がん治療は、数年から数十年、数百年前からの試行錯誤と臨床研究に基づき、医療として患者さんに提供されています。大規模臨床試験によって治療効果が検証され、安全性と有効性が示された、最も推奨される最良の治療が「標準治療」としてガイドラインに示されています。しかしながら、標準治療を受けたとしても不応性、あるいは、一旦効果があってもその後効果が失われる(耐性化する)がん患者さんもいらっしゃるため、新しい治療法の研究開発は、医学系研究者の重要なミッションです。J-PDXライブラリーは将来のがん治療の研究開発のための重要な基盤であり、ご興味をいただけたことに御礼申し上げます。

J-PDXライブラリーは、がん治療の多様化に対応するため、患者さんからお預かりしたがん組織を実験動物に移植して、患者さんの体の中のがんの状態を可能な限りそのままの状態で維持し、抗がん薬の効果を確かめる基盤となります。このような動物モデルを患者腫瘍移植モデル(patient derived xenograft, PDXモデル)と呼びます。私たちは、多くのがん患者さんの協力を受けて、全てのがん種を含むPDXライブラリーの構築を目指しています。さらに、抗がん薬の効果は個人差も大きいことから、研究に参加されたがん患者さんごとの、性別、がん種、ステージ、遺伝子変異、臨床情報、治療歴を収集させていただいています。

みなさまのご協力で樹立されたPDXモデルは、患者さんの分身として遺伝子情報や臨床情報と一緒に、国立がん研究センターが責任を持って厳重に管理させていただきます。分身のことを英語で”アバター=avatar”といいますが、将来のがん治療の研究開発のため、研究に参加されたみなさまのがん組織のアバター(PDXモデル)を利用させていただきたいと思っています。J-PDXライブラリーに登録されたPDXモデルは、国立がん研究センターのみならず、世界中の研究機関の研究者や、製薬企業などの研究者も利用することになります。研究目的を厳密に審査したうえで、使用して参ります。

J-PDXライブラリーの目的を紹介しましたが、PDXモデルを利活用することでがん研究が飛躍的に進展し、基礎研究と臨床研究を繋ぐ架け橋になると期待しています。J-PDXライブラリーのシンボルマークは、日本における基礎から臨床への架け橋をイメージして作成されました。まだまだ標準治療が確立されていないがん種や、抗がん薬の開発が不十分ながん種が数多くあり、がんの発生する機序の解明、治療効果を示す抗がん薬の探索、耐性メカニズムの解明などにPDXモデルが利活用されることで、抗がん薬の開発成功確率の向上と効率化に繋がり、結果的に将来のがん患者さんへ日本発の医薬品を届けることができると期待しています。

濱田 哲暢

国立がん研究センター
研究所 分子薬理研究分野 分野長

濱田 哲暢